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大学院人間環境学研究院

Human Environment
of Studies
Colloquium

人間環境学コロキウム

持続可能な都市における豊かさとは-多様化・細分化する「豊かさ」の価値を考える-

Posted at : 2022.09.15

趣旨

新型コロナウイルスの蔓延、ウクライナ情勢、社会の分断、災害、民主主義の危機など、持続可能な社会が破綻しつつある一方で、科学技術の発展、国内外移動の増加と共に、豊かさの価値観や基準も細分化され、多様化されつつある。本イベントでは、さまざまな人種・文化・技術が混ざりあい、発展していく「都市」に着目し、変化し、多様化していく豊かさをどう捉え、考えていくべきなのか議論する。

流れとしては、まず三人の登壇者の先生方から、それぞれの研究関心に絡めて、「都市の豊かさ」を考える上で重要となる視点や考え方について登壇いただき、その後、議論を行った。コロキウムは学生委員長を中心として、各自司会・通訳などの役割分担をして実施した。概要は以下のとおりである。

小野悠先生 「都市と生きる」

【都市のスポンジ化について】
都市は、拡大するときは中心部から広がっていくが、人口が減少する時には外側から収縮していくのではなく、都市の輪郭は変わらずに空き家等の使われない空間が穴のように増えていく「スポンジ化」が生じる。
日本では空き家・空き地が増加傾向にあり、このように都市のスポンジ化により空いた空間をいかに有効活用していくかが、日本などの人口減少が進む国における都市計画の課題である。
人口密度の低下を示す都市のスポンジ化は、人々の生活のいたるところに影響を及ぼす。例えば、人口が減ると医療や福祉、商業サービスの縮小・撤退が起こる。それによる雇用機会の減少や、介護難民・買い物難民の増加はその地域の人口の流出に繋がる。このように、都市のスポンジ化は負の連鎖となりやすいと言われている。
世界的には、15分都市圏のような生活圏、すなわち歩いていける距離に働く場所や学校、文化施設などあらゆるものが揃うコンパクトなまちを目指したいという機運がある。この流れを参考に、都市の中の使われていない空間を魅力的な場に変えていくことも重要かもしれない。社会実験なども行われているが、実際には所有権や規制の問題などがあり、困難が伴うことから、都市計画において制度設計等も含めた検討が今後の課題であるといえる。

【インフォーマル・アーバニズム】

一方で世界に目を向けてみると、アフリカ諸国のように人口増加が進んでいる地域もある。アフリカのような地域では、インフォーマル市街地に住んでいる人々が多くいる。インフォーマル市街地とは、土地の所有権がないままに家が建っていたり、都市計画に則らずに発展した都市など、フォーマルでは無い市街地のことであり、スラムと呼ばれることもある。アフリカのインフォーマル市街地を調査するようになって見えてきたこととしては、空間をつくって、それを維持するようなルールがその地域ごとに生まれている。インフォーマル市街地のように、多様な属性、背景を持つ人々が集まるような都市では、様々な知識や文化、慣
習、宗教などを持ち寄って交流するなかでルールが生まれるプロセス、「秩序を醸成する動的プロセス」を見ることができる。また、インフォーマル市街地は法制度の枠外にあるので、法律による縛りが多い一般的な都市よりも柔軟に対応しやすい。日本とは異なる都市のケースであるが、異なるからこそ、参考になることもあるのではないか。例えば、インフォーマル市街地の漸進的な発展の様子は、日本において災害復興の際などに参考にできる可能性がある。

【結論】

日本にいると、都市は当たり前のようにあって、与えられるものだと思い込みがちである。しかし実際には、都市とは人びとの暮らしを支える器である一方、人びとの日々の営みによって形づくられるものである。
都市と人は、相互作用しながら発展していくものであり、都市を豊かにしていくには、豊かにしていこうという姿勢が必要である。その時、豊かさをどのレベルで考えるかが重要な視点である。特に現代では、個人にとっての豊かさが多様化、細分化している。他方、都市・地域としての豊かさとして考える場合、集合体として価値観を選択することがある程度必要となる。それは、土地性や歴史性などと切り離せるものではなく、また、その都市のアイデンティティを象徴するものになる。多様化する個人にとっての豊かさと、地域・都市としての豊かさをどのようにバランスをとって合意形成していくのかが重要なポイントであると考える。特に日本の都市は所得レベルなどの棲み分けが緩やかで様々な属性の人々が交じりあっていることから、多様性を内在させる日本の都市の形成や地域ごとの価値観の選択といった話題は興味深く、世界にモデルを提示できるテーマであるといえるだろう。

黃舒楣先生“Precarious Urban Youth in the 21st Century of Asia: the case of Hong Kong and Taipei”

【Place-fixingについて】
Place-fixingとは、空間形成 (place-making) の形態の一つであり、人々が抱える日常への懸念をより広い政治的闘争に結び付ける唯物論的な方法のことである。Place-fixingは、都市を管理される空っぽなものとしてではなく、生きた思い出の意味のある場所として理解し、維持するために役立つ。
また、place-fixingは日常生活の重要性を主張することにより、トップダウンの手順主導の都市計画に挑戦する意義と可能性を示すことができる。


【台北と香港の住宅価格問題】
台北市内の若者が直面している大きな都市問題の一つは、高い住宅価格である。台湾の住宅をめぐる制度は、過去10年間で大きな進展が見られた。2014年には、住宅価格の高騰に抗議して、NGO、ソーシャルワーカー、若者が台湾政府に対して、より多くの公営住宅を建設し、住宅法案に必要な変更を加えるようデモを行ったことによって、多くの政治家が選挙運動の際に、公営住宅の建設の必要性を訴え、若い世代の住宅への権利を支持する意志を示すようになった。
それでも、台北に住む若者は、安全な住宅環境を確保して、台北に定住することに困難を感じている。若者の多くが、経済的に弱い立場にあるため、非公式に賃貸契約をせざる得ない状況にある。一方で、香港は、台北以上に深刻な住宅問題に直面している。香港政府は、これまで住宅価格問題の対処法として、公営住宅を建設することで解決策を探ってきた。しかし、公営住宅のニーズに対して、公営住宅の数は十分であるといえず、実際多くの人が入居許可を得るまで5年もかかるという現状である。そこで香港政府は住宅を増やすために、香港の新界地域にある農地を街にすることを最近発表した。このような都市計画は、実際には選択肢が他に無いのにもかかわらず、まるで人々が「個人の選択」で移動したかのように、人口移動を正常化し、大規模な開発を正当化する側面をもつ。そこで犠牲となっているのは、さまざまな生き方や自立をのぞむ若者を含む経済的社会的弱者である。

【結論】
21世紀のアジアの都市における不安定な若者はもっと注目されるべきである。公営住宅は確かに貧困層の若者を救済する重要な手段であるが、都市の政治経済問題を全て解決することはできない。若い人たちは、他者に決められるのではなく、自分達で住む場所や活動する空間を決めて維持することを求めている。活動的で若い市民がその土地に残り、現状に挑戦することをいとわない限り、持続可能な都市を創造することは難しいといえる。

阿古智子先生 「地域の記憶を通してコミュニティを構築する」

【社会関係資本】
社会関係資本とは、協調的行動を容易にすることにより、社会の効率を改善し得る信頼、規範、ネットワークのような社会的組織の特徴を指すが、公共的問題に取り組むためには、道徳的基礎を共有しているという前提の下で、どのような人をも信頼することができる「普遍化信頼」が重要である。


【社会関係資本の不足と減退】
社会関係資本が不足する中国湖北省の農村では、多くの者が地域で協力し合えばより高い効果が得られることがわかっていながらも、協力しない方がリスクが低くしかも離反したものが利益を得られると考えている。つまり、信頼関係が構築されておらず、互いに利益を得る機会を逃してしまうケースが多々見られる。
社会関係資本が減退する要因として、時間とお金の圧力、郊外化、娯楽用電子機器の普及(特にテレビによる余暇時間の個人化)、世代による変化、ネット時代の社会の個人化、AIにコントロールされる人類などがこれまでの研究で論じられている。


【社会関係資本とコミュニティ活動】
同じ中国の農村でも、陝西省米脂県では、有機農業や伝統的結婚式がコミュニティの信頼関係の構築と維持のための空間として機能している。例えば、伝統的結婚式は地域の人々と役割分担し、相互扶助で行われる。
東京のような日本の大都市であっても、豊多摩監獄(中野刑務所)表門保存運動や、細田家(江戸時代末期頃に中野に移築されたかやぶき屋根の古民家)での漬物ワークショップ(漬物作りは、明治後期頃から昭和初期頃までこの辺りの地場産業だった)など、地域の建築の保存・活用の活動を通してその地域の歴史やコミュニティについて学ぶ場は多くある。
1915年に設置された「天才建築家」後藤慶二・設計の豊多摩監獄(中野刑務所)の跡地は、法務省矯正研修所や平和の森公園として整備され、現在に至っている。大杉栄、荒畑寒村、亀井勝一郎、小林多喜二、中野重治、埴谷雄高、戸田城聖、三木清など、治安警察法や治安維持法の下、戦争に反対し、平和を願った多くの人が収監されていた。そのため、豊多摩監獄(中野刑務所)表門保存運動は、学校などで語られることが少ない、日本の「暗い」歴史を象徴する遺産として、そして中野という地域の歴史を学ぶ教材としての豊多摩監獄表門を保存・活用しようという活動を通して地域での連帯を生む場となった。

【結論】
国家が私生活への関与を減少させる一方で、人々は急激にグローバル経済下の商業主義を吸収している。
中国では、計画出産政策や出稼ぎ労働の影響もあり、夫婦関係、家財の管理、次世代の育成、敬老意識は大きく変化し、公共意識の衰退、社会秩序の悪化が著しい。地域に対するアイデンティティーも、道徳観も、社会主義的な使命感をも欠落させている人たちがバラバラに居住している現状では、地域の衰退を止めることは難しい。日本の都市も例外ではない。中国陝西省や東京中野の事例は、コミュニティ活動を通して、社会的関心や道徳的義務感を分かち合い、地域の記憶を継承することで連帯感を強めることができることを示している。分かち合うものの質と量は、その都市の「豊かさ」といえるのではないか。


質疑応答・ディスカッション


【小野悠先生への質疑応答】
• インフォーマル・アーバニズムは、日本に住む私たちにとってどのように役に立つでしょうか。インフォーマル・アーバニズムを参考にした、日本の事例とかってあるのでしょうか?
→ 小野悠先生:フォーマルかインフォーマルの二極化は難しく、グレーなものも多い。日本の都市も厳密にはグレーなものもある。アフリカにおいては、インフォーマルな市街地が彼らの受け皿になっていて必要で許容する。日本においても大きな災害が来た時に、復興の時はインフォーマル市街地と似たような状況が出てくるため、アフリカの事例は参考になる。そのためには、許容する準備が必要となる。(建築基準法85条に関係する)


【黃舒楣先生への質疑応答】
• なぜ台湾で民間のマンション開発が進まないのでしょうか?
→ 黃先生:実際には民間の建物もあるけれども、価格が高い、もしくは投資目的が多い。そのため、それに対する対処として、公営住宅がある。

→ 小野先生:中国の投資については、アフリカでも大きな問題になっている。都市の住宅高騰の問題はアジア全域で見られる。


【阿古智子先生の質疑応答】
• なぜ、刑務所の話を学校ですることができないのかがいま少し理解できませんでした。なぜ刑務所の話が政治的な話として認識されているのでしょうか。
→ 阿古先生:一部の親が強烈に反対。対立する意見にあるものは「政治的である」とされ、取り上げることができない。せめて勉強会のためのパンフレットを配ってもらえないかお願いしたが、それも聞き入れてもらえなかった。


• 2010年以降に竣工した建築で将来に残すべき建築はあるかお聞きしたいです
→ その地域の人々にとってどういう意味があるのかが重要であり、それに伴う文脈が重要。


• SNSを使ったコミュニケーションに関する議論
→ 阿古先生:色んな人たちが色んな声を出して固定していくのが重要。サイバー空間で意見を出し合うのもいい。
→ 黃先生:コミュニケーションを形成する上でSNSは重要。一方で対面も重要ですよね。建物に関してもVRやARの技術で残せるけど、現物には記憶が宿るので。
→ 阿古先生:台湾はデジタルで意見を集めるのが進歩している。台湾では上手くいっていない部分もある。
→ 黃先生:オンラインの議論は単純化されやすい。また、どっちにしようかなと考えている人が議論を深めて行くには対面がいる。


以上の論議を最後に、コロキウムを終了した。

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