[報告]共生社会のための心理学 2025シンポジウム「心理学×哲学で考える身体性」
Posted at:2025.10.21共生社会のための心理学 2025シンポジウム
心理学×哲学で考える身体性
日時: 2025年9月9日(火)9:30 – 12:30
場所: 九州大学伊都キャンパス イーストゾーン 総合臨床心理センター3階カンファレンスルーム
企画: 人間環境学府 多分野連携プログラム 『共生社会のための心理学』
参加者:34名(うち教員7名)
1.身体の同期運動が対人感情や協力に与える影響
初期の文化人類学において、儀礼や集団活動などでの高揚感や一体感の源として同期運動を説明した「集合的沸騰」というが概念が指摘された。同期運動には4つの分類があり、向社会的効果をもたらす。このメカニズムは、心理学的視点での「集団同一視仮説」と「個人特異性仮説」の他、ホルモン・神経伝達物質などの生物学的な反応の変化から説明できる。
他方、同期運動が反社会的な行動を促すという研究もあり、今後の発展が望まれる。
指定討論
向社会的効果の獲得を目的に同期運動を行う場合について質問があり、相手の第一印象が同期運動の動機に影響するという研究や、ラポールの形成において同期運動は重要であるという研究が例示された。同期運動は、心理療法の初期段階において信頼を形成するための手段としても挙げられた。
今後は、同期運動の反社会的側面や因果関係に着目した研究に取組み、実験手法でも媒介変数の見直しを図っていきたいとした。
2.身体不満足感と健康行動の関連性について
あらゆる身体的特徴に対する否定的な感情・思考・評価が身体不満足感であり、これは、メディアや他者からの評価が要因となり形成される。特にメディア・SNSは、女性に痩せた体型を、男性にスポーツマン体型を理想として内面化させやすい。こうした理想に比す身体不満足感は、痩身願望に繋がり、さらに摂食障害や運動依存に陥る恐れがある。
「みんなちがってみんないい」(金子みすゞ)を引用し、多様な身体的特徴の価値を認める考え方の重要性を強調する。
指定討論
心理学ではなく、健康・スポーツ科学の観点からは、身体不満足感に対してどのようにアプローチするのかという問いに対し、個人の心理的背景に依る過度な運動を検討、評価するとして、運動依存を軸に研究に取り組む方針が示された。
これについて、痩せることと健康行動として運動することの線引きの必要性や、年齢や発達段階を考慮した健康支援のあり方が重要であることが指摘された。
3.可視化されない身体性 ―糖尿病の心理支援から考えるー
糖尿病では、患者の精神的な負担やうつ、不安、スティグマといった心理的課題によってセルフケアの継続が難しくなる場合があり、心理的支援が求められる。
糖尿病患者の多くは自覚症状がなく、戸惑いや不安を感じるなか、そうした自分の生活や身体の実感から病気を捉えるのに対し、医療者は医学的知見から診るため、両者の間で「糖尿病の身体」の理解にズレが生じる。これを埋めるのが心理支援の役割であり、心理士が患者の「身体のイメージ」を理解し、それを医療者に伝えることで、患者と医療者の橋渡しをすることが大切である。
指定討論
糖尿病患者への支援においては、本人への心理支援に加え、生活環境全体を改善するという観点では家族支援や社会的理解の促進も重要ではないかという意見があった。
これに対し、支援は患者の発達段階や心理的背景、体験に応じた枠組みづくりが必要だが、家族支援や他機関連携・多職種連携は充分とは言えず、今後強化することが課題として示された。医療現場での研修会を実施する他、アドボカシー活動等を通じた社会発信も重要であるとされた。
4.動作法を通した自己への対面 ―トレーニー体験 、臨床実践、そして研究へー
動作法は、九州大学名誉教授、成瀬悟策先生が開発した、身体動作を媒介としてクライエントの心理的問題の改善を図る心理療法である。実際に動作訓練に参加した経験から、動作を通じたコミュニケーションの重要性と難しさを実感した。
卒業研究では、ストレスコーピングのタイプ別に、動作法への取り組み傾向を明らかにした。現在は、動作法をひとつのアプローチとして就労支援員のストレスマネジメントをテーマに研究をしている。動作法は技術習得や言語化の難しさという課題があるが、今後は健康支援などへの応用に向けた研究展開が期待できる。
指定討論
動作法におけるトレーナーとしての難しさや工夫、保護者の関わり方について質問があった。これについて、クライエントの動作を観察し、即時に対応することが求められる点に技術習得の難しさがあり、適切なフィードバックを行うためには、保護者の協力が役立ったことが紹介された。保護者向けの動作法キャンプの例を示し、親子のコミュニケーションを深めることや、長期的視点を共有することで保護者の理解を得ることを期待するとした。
5.哲学の立場から
19−20世紀の心理学と哲学原初的交差は、身体性への問いに結実する。心理学は、カントの「心の科学不可能説」を超え、ヴントとブレンタールによる「心の科学」へ、そしてフッサールが創始する現象学へと発展した。その後、メルロ=ポンティは、身体を世界との関わりから捉えた「知覚の現象学」において、身体が環境と関わりながら動作することを身体図式という概念で論じている。今回の話題にあった「動作法」は、抽象的運動を介して行動の領野を広げ、身体図式を再構築していくという観点で捉えることができる。他方、ワロンが考える自己の鏡像は、身体イメージに他者の眼差しが入り込むという考え方だ。可視化されない身体性を考えるとき、この身体イメージに働きかけるという点で心理職の役割は重要だと考える。また、この身体イメージによって身体不満足感や痩身願望も影響される。現代のテクノロジーとの関係で考えるとき、身体イメージにインストールされる他者とは誰であるのかによって症状や自己認識の在り方は変わるのかもしれない。身体的な同期による向社会的効果の一方で、それが沸騰状態として反社会的あるいは暴力的に作用する可能性についても考えることができる。集団の規範や秩序の在り方について、身体をもとに考える必要性を感じる。
