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大学院人間環境学研究院

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教員情報
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岡 幸江教授Sachie Oka

専攻 教育システム専攻
部門 教育学
コース 修士: 現代教育実践システム
博士: 教育学
講座 教育社会計画学講座
九州大学研究者
データベース
https://hyoka.ofc.kyushu-u.ac.jp/search/details/K003536/index.html

研究内容

Q.なぜ、その研究テーマを設定したのですか?

学校教育に象徴されるメインストリームに対し、教育のオルタナティブな組織化を基とするノンフォーマル教育として社会教育学は形成されてきました。その組織化は、なんらかの課題に対する活動や運動を基とした学習から見ていくことがほとんどです。しかしそれは一方で、暮らしの日常のそばにある共同性に支えられた生活文化の視点を後景におくものでもありました。それは生活者の生活感覚との乖離や、学習は重視するが教育は忌避する今日的傾向ともつながると考えています。そこで私は、カリキュラムベースでなく会話ベースで教育内容の構築を想定するインフォーマル教育の視点や、人育ての文化伝承のなかにある応答性に注目しながら、社会教育学の今後の枠組みを検討しています。

 

Q.研究方法を教えて下さい。

基本的には質的研究、フィールドワークになります。エスノグラフィ、参与観察、インタビューなど、様々な手法を組み合わせ、資料等を基にした社会構造分析も背後におきながら、地域および人々がつくりだす「教育の組織化」のプロセスと構造を明らかにしようとしてきました。ただ近年は、研究者と当事者がともに物語を生成するライフストーリーの視座から、人―文化―環境をめぐる教育像を描き出すことを試みています。

 

―具体的には、どのような調査対象や調査地に入ってきましたか?

当初は福祉NPOや介護家族といった問題解決の組織に、ついで共に人が育ちあう地域の「場」に注目してきました。後者は、日常生活のそばで地域維持のしくみとして機能する沖縄の共同店やコミュニティカフェ、生涯学習の場としての社会教育施設まで、幅広いです。最近は、地元学の手法を用いて過疎地から都市近郊まで様々な地域を学ぶ現場や、「人の一生を育てる伝承」という岩手のわらべうた・昔話の伝承の営みに密着してきました。総じて、過疎地にも都市においても、「生活者の目線からみた地域」をどう再発見できるか、に関心をおいています。生活者とは、自らの生活を引き受ける人、です。そうした人へと育ちあう共助の文化はどのような場・地域から育つのか、またそれをどう可視化できるのかを考え続けています。

 

Q.研究についてのこだわり、心がけていることはありますか?

研究とは知を生み出すことだと思うのですが、その知には様々なレベルの知があると考えています。生活知、身体知など、生活の中から生まれる知とそれを支える教育的環境にこだわっています。

 

Q.研究生活で最も落ち込むとき、逆に、最もわくわくする瞬間はどんなときですか?

生活実践において生活知や文化を作り出している人に限りなく魅力を感じるだけに、この人にとって、自分の研究は何の役に立つのだろうと思わざるをえない状況にぶつかっては幾度も悩んできました。けれどもだからこそ、そういう人との出会い・対話は何より心ときめく瞬間です。一方で生きた実践を描き出すことには責任と緊張を伴い、それはどこまでも満足には程遠いものの、その記述が誰かの生を励ますわずかな経験もあり、それはこの仕事から得る深い歓びだとも思います。

 

Q.ご自身が大学院生のときは何をされていましたか?

とにかく「概念くずし」のために、地域や現場をうろうろし主に多様な実践者たちとの出会いを重ね、「研究者であろうとする自分とは何者か」を問うていました。そのうちに、文章だけでは想像し得ない「生」の肌触りのようなものを感じること、唯一無二の物語を共有していくことは、社会教育研究の根底だと考えるようになりました。

 

―特に印象に残っている出来事はありますか?

日本のボランティアの先駆者の一人でもある、長崎の山本いま子さんとの出会いです。被爆者として数々の病に侵されながらも、希望を携えほがらかに、他者と自らの命を見つめ、「学びと実践」、そして一市民として責任をもって生きる姿を社会に提唱してきました。彼女のいのちに寄り添い学び続けた16年間は、研究者・生活者としての私の原点です。

 

Q.学際連携についての思いを教えてください。

基本的に社会教育研究自体が学際性の上に存在しています。またフィールドに向き合うなかでは研究と実践、セクター間の文化の違いなど、研究領域間にとどまらず多様な価値の齟齬に丁寧に向き合う場と新たなものを生み出す方向性を問うてきました。ただ、学際連携の進展においては、個々の研究方法論の確かさが不可欠とも思います。学際的な分野にたつからこそ、自らの学問分野の固有性を常に問い続けていたいとも思います。

 

Q.今後の研究・実践活動はどのように行っていきますか?

現在は、課題を抱える非常時に人が学習にどう向き合うのかというより、あたりまえの日常の中からくらしを問い返すため、またその日常を持続するための学習を可視化することに関心を深めています。この間はアクション・リサーチ的側面が強かったのですが、その私らしさは残しつつも、教育の中に共に響き合う声の文化をとりもどすための社会教育学研究および研究方法論の探究を深めていきたいとも考えています。

 

Q.最後に、大学院生へのメッセージをお願いします。

院生生活では、自分が追求したい事を鋭く問うことと、幅広い研究関心を培うことのバランスが重要です。論文作成上は自分の研究関心を狭く深く掘り下げることに走りがちですが、後々の研究生活の持続・発展においては、たくさんの問いの束を作っておくことも大事だと思います。研究室活動でやむをえず出会うことも、のちにまさに自分の糧になっていくことも多いものです。ときに肩の力を抜いて、自分の研究からちょっとずれたことにも目を向けつつ、暮らしと研究を楽しむ気持ちの余裕を、求めてゆきたいものです。

 

おすすめの文献

○宮原誠一『宮原誠一教育論集』国土社,1977

○寺中作雄『社会教育法解説/公民館の建設』国土社,1995

○宮本常一『忘れられた日本人』岩波文庫,1984

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